バッキー&ハリーの地団駄はツイストで

〈京極スタンド〉 075-221-4156/京都市中京区新京極通四条上ル中之町546

初めて新京極のスタンドに行ったのは高2の秋だった。
 デートの最中にいきなり入った。二人とも公立の商業高校に通っていて暮らしの場もお互い下町だったので当時ヨソ行きで行くことが当たり前なバリバリの繁華街であった新京極を歩いていて、高校生ながら京極スタンドの両開きのドアを押して入るのは今思ってもかなりスタンドプレーなことだった。
 ドアを開けると高校生の俺には店の中の全員が酔ったおっさんに見えた。帽子をかぶっているおっさんの率が非常に高く、煙草は全員が吸っているようだった。
 日曜日の夕方だからかテレビでは相撲をやっていたが俺はテレビの相撲など見る余裕もなくデートの相手の高2の彼女に、こういう大人ばかりのところにも慣れてるように思わせたくて、おっさん達の注文の仕方を真似してビールや食べ物の注文をしていた。
 その頃、ビクビクすることよりも目の前の彼女に好かれたくて必死だったが、大人がたむろする場所には深みと濡れた魅力があることを感じていたのでそれに触れたくて仕方なかった。
 生ビール2杯と約40年後の今もスタンドに存続しているメニューのオムレツと串カツとおでんを注文した。
 目の前に来た一杯目のビールは5秒で飲んだ。初めて来た店の緊張とデート中のテンションの高さがジョッキの角度を上げ、俺よりもヨソ行きの服を着ながら俺よりも緊張している彼女を安心させるために初めて入った店のことを何も知らないのに適当に語っていた。
 この店はナイター中継がある時はもっと騒がしいとか、正面で酒を作っている人の野球帽が曲がっているのは大洋ファンやしやとか、店の人がチロリというたはるのは二級酒のことやとか、煙草吸わんでもここにいるだけで煙吸えるんやとかいいながらジョッキはすぐカラになっていった。
 その頃ちょうどジャニス・イアンの「セブンティーン」が流行り始めた時で、たまたま17歳だった俺は彼女に、「この歌はな、17歳やし迷うけど前に行った方がええと歌てるんやで」などとむちゃくちゃいいながら子供の頃からスパイ度が高かった俺は彼女にもう一杯ビールを飲め光線を出していた。
 それから10年近く経ってなぜか講談社のホットドッグプレスという雑誌の仕事をしていて京極スタンドの取材をすることになった。
 二十代半ばですでにこの店に通う10年選手だったので女将さんに雑誌の取材をさせてくださいというと、「なんやようわからへんけどあんたが言うにゃったら写真でもなんでも撮ったらええよ」と女将さんが言ってくれて京極スタンドのことをいろいろ話してくれた。それからさらに馴染みになり俺が女将さんのことを京極小町と呼ぶようになった。
 それからまた数年ほどして京極スタンドの六十周年のパーティーが盛大にホテルで行われた時、何故か俺も呼ばれていてヨソ行きのスーツを着て行った。
 そして下町の元少年は呼ばれたことがなんだかうれしくてホテルの床が大理石のところで鶴亀のタップダンスというお祝いのタップをその時に編み出した。
 そしてこの写真を撮っているハリー中西と海外の下町取材が多くなったのも実は二人で取材した京極スタンドの記事が起点になっている。若い頃から飲むことも捨てたもんじゃない。
 この街にはいい店がたくさんある。そして、家と職場ともうひとつの場所が京極スタンドならシアワセな話である。

Photo by ハリー中西
日本中を食べまわる写真家で、揚げ物大好き。スタンドではやっぱり自家製コロッケ。ソースを垂らした添え物のスパサラも実はお気に入り。

Text by バッキー井上
皆がそう言うので酒場ライターにしているが自分では生き物流の黒帯の師範代だと思っている。最近「セコスタンス」を編み出した。